関西学生選抜社会人選抜対抗戦の歴史

 

1987年(昭和62年)に関西学生と関西社会人との間で選抜選手による、関西社会人選抜学生選抜対抗戦(障碍飛越団体対抗戦)を行うことになった。第3回大会までは関西学生馬場馬術大会・関西学生障碍馬術大会に併催され、関西学生馬術連盟の選抜選手として、その年の関西学生馬術選手権大会・関西学生馬術女子選手権大会の上位選手や関西学生馬術連盟の推薦選手が対抗戦に出場した。第4回大会以降は関西学生馬術王座決定戦に併催され、王座決定戦の決勝リーグに進出した大学の学生が選抜選手として出場した。社会人の選手には、関西学生馬術連盟のOBも多く、例年白熱した競技が展開された。1995年に理事会で競技会名は関西学生選抜社会人選抜対抗戦と改称された。1997年に中断し、1998年は再開したが、結局1999年からは開催されなくなった。